北朝鮮関係諜報事件



総 論

第一次朝鮮スパイ事件 第二次朝鮮スパイ事件 第三次朝鮮スパイ事件
弘昇丸事件 第四次朝鮮スパイ事件 滝事件
浜坂事件 大寿丸事件 解放号事件
第一次能代事件 第二次能代事件 酒田事件
薫グループ事件 三和事件 本庄浜事件
一宮事件 寝屋川事件 蒲田事件
神田事件 江戸川事件 長田事件
杉並事件 外務省スパイ事件 東大阪事件
都島事件 岩崎・能代事件 八王子事件
石原事件 足立事件 温海事件
水山事件 中川事件 北総事件
切浜事件 鶴見寺尾事件 濁川事件
布施事件 豊島事件 宇出津事件
水橋事件 磯の松島事件 日向事件
六郷事件 男鹿脇本事件 西新井事件
横須賀事件 渋谷事件 美浜事件
新宿百人町事件


    ※ 参 考

新光丸事件 伏木国分事件 宮崎沖不審船逃走事案
辛光洙事件 大韓航空機爆破事件
・李恩恵北朝鮮拉致容疑事案
能登半島沖における不審船事案
民族民主革命党スパイ事件 黒部事案



総論

 北朝鮮は、金日成の革命思想に基づき、暴力革命により「南朝鮮(韓国)革命」を成し遂げ、朝鮮半島の統一を図ることを国家目標としており、我が国に対するスパイ活動のほか、我が国を拠点として韓国等の第三国に対するスパイ活動を長期にわたり行っている。

 特に、我が国と朝鮮半島が地理的に近接しており、かつ、歴史的経緯から約64万人の韓国・朝鮮人が我が国に居住していることから、北朝鮮は我が国をスパイ活動の重要拠点と捉え、
 o 日本の政治、経済、外交、軍事等に関する情報収集
 o 韓国の政治、経済、外交、軍事等に関する情報収集
 o 在日米軍の情報収集
 o 在日スパイ網埋設のための獲得工作
 o 在韓スパイ網埋設のための獲得工作
などのスパイ活動を活発に行っている。

 過去に検挙された事件からその与えられた任務を見ると、いくつかの変遷及び任務の追加がうかがわれる。
* 昭和25年から33年にかけて検挙された「第一次〜第四次朝鮮スパイ事件」などは、激動する朝鮮半島情勢を背景として、
 o 在日米軍に関する情報収集
 o 我が国の潜在防衛力、警察予備隊、保安隊に関する情報収集
* 昭和39年に検挙された「本庄浜事件」「一宮事件」「寝屋川事件」などは、
 o 我が国の政治、経済、外交、軍事等に関する情報収集、特に、自衛隊に関する情報収集
* 昭和49年に検挙された「布施事件」やその後に検挙された多くの事件では、
 o 在韓スパイ網埋設のための獲得工作等の対韓工作
 o アジア等の海外拠点との連絡、海外スパイ網埋設のための各種工作
* 昭和52年に検挙した「宇出津事件」や昭和62年に発覚した「李恩恵北朝鮮ら致容疑事案」などは、
 o 日本人の北朝鮮へのら致などを目的としていた。
最近では、平成11年3月に韓国により引き揚げられた北朝鮮の半潜水艇から大量の日本製品が発見された事案などから、
o 高度科学技術情報の入手のための各種工作が活発に行われていることがうかがえる。

 北朝鮮の情報機関としては、現在、各種事件等の分析から、次のものがあると言われている。また、これら組織は、全日成と全正目の権力集中に伴い常に改編され、現在では全正日から直接指揮を受けていると言われている。
 @ 35号室(旧対外情報調査部)・・・スパイ及び国際テロを担当し、「大韓航空機爆破事件」を敢行した。
 A 統一戦線部・・・統一戦線形成を担当し、海外担当課に朝鮮総聯を指導する部門がある。
 B 作戦部・・・陸・海からの浸透を担当し、陸上・海外連絡所を待つ。清津、元山、南浦が我が国に侵人する北朝鮮工作船の基地となっている。
 C 対外連絡部・・・対韓地下党工作を担当し、東建愛国号等外航船のいくつかを工作船として保有している。
 D 偵察局・・・人民武力部所属で、平時においても誘拐、暗殺を担当する。「ビルマ・ラングーン事件」を敢行した。

 北朝鮮の情報機関の指示によりスパイ活動を行う者を北朝鮮工作員と呼んでいる。このような者の経歴を見ると、
 @ 日本で長期の生活経験を積んだ上で北朝鮮に帰国し、北朝鮮工作員として採用される者
 A 北朝鮮において高等教育を受け、情報機関に採用される者
 B 在日の韓国・朝鮮人で、北朝鮮工作員に獲得された者
など多岐にわたっている。現在、北朝鮮帰還者の年齢は高齢化していることから、今後、A、Bの経歴を有する北朝鮮工作員の比率が高まるとみられる。

 北朝鮮工作員の活動形態を見ると、我が国に身分のない者は、日本海等の沿岸部を経由した密出入国を手段(平成11年3月には、能登半島沖の我が国領海内に北朝鮮工作船が侵入していた事案も発生するなど、北朝鮮が、依然として我が国の沿岸部から密出入国を行っていることが窺える。)として我が国に派遣され、在日韓国・朝鮮入や日本人に成り替わって活動することが通例である。
 最近でも、我が国に身分があって北朝鮮工作員として獲得された者は、密出入国を手段とすることもあるが、正規に出入国して、香港、北京、ヨーロッパ等第三国を経由して北朝鮮を往復し、訓練や指示を受けることが多い。
 このほか、我が国において活動する北朝鮮工作員に対して指示、訓練を与える者として、アジア、ヨーロッパで北朝鮮大使館の外交官等の身分を隠れ蓑として活動している北朝鮮工作員も多数存往しているとみられる。
 北朝鮮工作員の身分偽変の方法としては、精巧な偽造外国人登録証明書(「日向事件」)や他人名義の真正外国人登録証明書に自己の写真を貼付したもの(「濁川事件」、「六郷事件」)などの事例がある。
 「西新井事件」では、二度にわたって実在する日本人の戸籍を盗用して日本人に成り替わり、旅券等を取得して韓国等に密出入国しており、「大韓航空機爆破事件」では、北朝鮮で偽造したと見られる精巧な偽造日本旅券を所持していた。
 また、「宇出津事件」「辛光洙事件」「李恩恵北朝鮮ら致容疑事案」にみられるように、北朝鮮工作員は、北朝鮮から日本人のら致を指示され、日本人を偏して連れ出し、北朝鮮工作船で北朝鮮へのら致を敢行しているとみられている。これらは、ら致された日本人と北朝鮮の工作員とが入れ替わって日本人の身分を獲得するためや、北朝鮮にら致した日本人を指導員として北朝鮮の工作員を日本人化する訓練のためと言われている。


 第一次朝鮮スパイ事件 ●昭和25年9月9日警視庁等検挙
 この事件は、島根県隠岐島から密入国した
  北朝鮮工作員 岩村吉松こと 許 吉松 (当時37歳)
が、北朝鮮工作員多数を擁する在日スパイ網の首魁として、工作員の獲得工作、在日スパイ網の統合掌握、極東コミンフォルムとの秘密連絡、米駐留軍や警察予備隊の軍事情報の収集等を行っていたスパイ事件である。
 許吉松は、昭和24年8月、北朝鮮工作員2人とともに、
 o 終戦後の我が国の軍事基地の調査
 o 米駐留軍及び日本警察の配置、装備等に関する情報収集
 o 工作員要員となる在日朝鮮入の北朝鮮への送り込み
などの任務を帯びて、隠岐島から密人国した。
 密入国後、既に我が国に潜入していた北朝鮮工作員や在日朝鮮人を統合し、東京を中心に全国の米駐留軍基地周辺に有力な工作員を獲得して配置し、100人近い軍事スパイ網の中核となって米駐留軍の軍事情報を収集していた。昭和25年6月25日、朝鮮戦争が勃発するや、軍事スパイ網としての活動を本格化し、
 o 米駐留軍部隊の動向
 o 軍事物資の輸送状況
 o 警察予備隊の配置、装備、編成等
の軍事情報を収集して北朝鮮に報告していた。
 警視庁等は、昭和25年9月9日、許吉松を逮捕するとともに、その後昭和26年9月までの間に40人を逮捕するに至り、許吉松は、昭和26年7月11日、GHQ軍事裁判において、占領軍の安全に有害なる行為(勅令弟311号)で懲役10年、罰金5000ドルの判決を受けた。


 第二次朝鮮スパイ事件 ●昭和28年9月20日警視庁検挙
 この事件は、福岡県若松港から密入国した
  北朝鮮工作員 大谷正夫こと 金 一谷 (当時50歳)
が、工作員の獲得工作、在日米軍の軍事力、我が国の潜在戦力等の情報収集を行っていたスパイ事件である。
 金一谷は、昭和26年12月、北朝鮮工作員に採用され、約1ヶ月間のスパイ訓練を受けた後、昭和27年5月、パナマ船を利用し、香港経由で福岡県若松港から密入国した。
 密入国後、第一次朝鮮スパイ事件の残党幹部との連絡に成功し、同事件関係者を糾合してスパイ網の再埋設を図り、
 o 在日米軍の基地、演習地、諸機関の所在調査
 o 我が国の保安隊、海上警備隊の編成、装備、配備状況
などの軍事情報を収集して北朝鮮に報告していた。
 警視庁は、昭和28年9月20日、金一谷ら7人を逮捕し、金一谷は、昭和30年7月7日、最高裁判所において、出入国管理令、外国人登録法違反で懲役一年の判決を受けた。


 第三次朝鮮スパイ事件 ●昭和30年6月26日警視庁検挙
 この事件は、長崎県下の港から密入国した
  北朝鮮工作員 竹村基こと 韓 載徳 (当時40歳)
が、工作員の獲得工作、日朝貿易開始のための政治、経済情勢等の情報収集を行っていたスパイ事件である。
 韓載徳は、昭和28年4月、北朝鮮工作員に採用され、スパイ訓練を受けた後、昭和28年8月、無線技師工作員とともに無線機4台を携行して長崎県富津港から密入国した。
 密入国後、
 o 工作員の獲得工作による在日スパイ網の埋設
 o 我が国の政治、経済、軍事情報収集
などを行っていたが、その後北朝鮮から新たに派遣された工作員から、
 o 韓国の軍事情報収集
の新任務を与えられて活勤していた。
 警視庁は、昭和30年6月26日、他の北朝鮮工作員を脱出させようと
していた韓載徳を逮捕するとともに、昭和31年6月までの間に関係者22人を逮捕した。韓載徳は、昭和32年5月13日、東京高等裁判所において、出入国管理令、外国人登録法違反で懲役1年6月、執行猶予4年の判決を受けた。


第三次朝鮮スパイ事件


 弘昇丸事件 ●昭和32年6月25日北海道警察検挙
 この事件は、
  北朝鮮工作員 須谷良介こと 崔 竜雲 (当時32歳)
が、北朝鮮でスパイ訓練を受けるために密出入国し、北朝鮮との密貿易に従事していた北朝鮮工作員 金山斗七こと 金 斗七 (当時36歳)
が漁船を利用して崔竜雲ら北朝鮮工作員の北朝鮮との密出入国を手引きしていたスパイ事件である。
 崔竜雲は、東京都内居住の朝鮮総聯女性同盟副委員長及び北朝鮮から派遣された氏名不詳の北朝鮮工作員Aから獲得され、昭和31年1月末、Aらとともに、福岡県ハ幡港からノルウェー船プロデュース号に乗り、香港経由で北朝鮮に密出国した。
 その後約ハか月間のスパイ訓練を受け、
 o 妻子の北朝鮮帰国
 o 新たに派遣される北朝鮮工作員李亨のアジト設定、外国人登録証明書の不正入手などの任務を指示され、李亨とともに、昭和31年10月3日、無線機、エ作資金等を携行して、金斗七の手引きにより漁船「弘昇丸」で北海道乙部港から密入国した。
 金斗七は、このほか、昭和31年7月には北朝鮮工作員4人を「弘昇丸」で、昭和32年8月にも北朝鮮工作員3人を「第11海幸丸」で、我が国と北朝鮮の間の密出入国の手引きをしていた。

 北海道警察は、昭和32年6月25日に崔竜雲を、10月9日に金斗七を、それぞれ逮捕するとともに、12月6日までの間に関係者七人を逮捕した。金斗七は、昭和33年2月18日、函館地方裁判所において、出入国管理会違反で懲役一年、崔竜雲は、昭和33年12月23日、函館簡易裁判所において、出人国管理令違反で罰金3万円の判決を受けた。


 第四次朝鮮スパイ事件 ●昭和33年10月30日警視庁検挙
 この事件は、石川県下の港から密入国した
  北朝鮮工作員 青出京一こと 姜 乃坤 (当時38歳)
が、工作員の獲得工作、朝鮮総聯の監視、在日米軍及び自衛隊の情報収集等を行っていたスパイ事件である。
 姜乃坤は、3ヶ月間のスパイ訓練を受けた後、昭和32年10月、偽造外国人登録証明書、工作資金を携行して、石川県小塩港付近から密入国し、朝鮮総聯幹部と接触して、
 o 朝鮮大学校建設資金の使途状況調査
 o 朝鮮総聯中央幹部の動向監視
 o 在日米軍や自衛隊関係等の情報収集
などを行っていた。
 警視庁は、昭和33年10月30日、姜乃坤を逮捕した。同人は、昭和34年9月3日、東京高等裁判所において、出入国管理令、外国為替及び外国貿易管理法違反で懲役1年、執行猶予4年、罰金10万円の判決を受けた。


 滝事件 ●昭和34年7月31日石川県警察検挙
 この事件は、
  北朝鮮工作員 鈴木久夫こと 趙 昌国 (当時42歳)
が、既に我が国に派遣されている北朝鮮工作員に、工作資金、暗号文書を手交するため、石川県滝港に密入国したスパイ事件である。
 趙昌国は、昭和7年、当時16歳で父親の友人を頼って渡日し、東京都内の学校を卒業後、店員、工員等をして生計をたてていたが、終戦直後に家族とともに北朝鮮へ引き揚げた。その後、平壌近くの工場に勤めていたが、昭和34年6月ころ、北朝鮮情報機関から、在日米軍の動向について情報人手の必要があるので、日本に連絡のために密入国するよう指示された。
 その後スパイ訓練を受け、
 o 日本に潜入している北朝鮮工作員への乱数表、工作資金の手交
 o 大阪市内の連絡アジトの確保
 o 石川県下の密入国地点の調査
などの任務を指示され、昭和34年7月31日、乱数表、工作資金、偽造外国人登録証明書等を携行して、石川県滝港から密人国した。
 石川県警察は、同日、密入国直後の趙昌国を金沢駅で逮捕した。同人は、昭和34年11月9日、関税法違反、金沢地方裁判所において、出入国管理令、外国為替及び外国貿易管理法、公文書偽造で懲役11年の判決を受けた。


 浜坂事件 ●昭和35年9月29日兵庫県警察検挙
 この事件は、兵庫県浜坂港から密入国した
  北朝鮮工作員 河上崇弘こと 金 俊英 (当時44歳)
が工作員の獲得工作を行った後、北朝鮮から帰国命令を受けて密出国しようとしたスパイ事件である。
 金俊英は、昭和11年渡日し、明治大学専門部政経科を卒業後の昭和17年に北朝鮮に帰国した。その後昭和34年7月、北朝鮮工作員として採用され、在日スパイ網埋設のための在日朝鮮入の獲得工作などの任務を指示され、昭和34年7月下旬、偽造外国人登録証明書、乱数表、工作資金等を携行して兵庫県浜坂港から密入国した。
 その後、東京都内に居住している在日朝鮮入Aら2人を工作員として獲得し、工作対象入物の調査、暗号通信受信要領、北朝鮮への報告連絡方法等のスパイ訓練を行った。
 その後、北朝鮮からの帰国指令を受けた金俊英は、Aとともに、昭和ブ5年9月26日、暗号文書を所持し、兵庫県浜坂町付近の海岸から密出国しようとしたが、連絡の手違いから北朝鮮工作船との接触に失敗した。
 兵庫県警察は、昭和35年9月29日、密出国に失敗して東京のアジトに戻ろうとしていた両人を逮捕した。昭和38年1月22日、大阪高等裁判所において、出入国管理令、関税法違反で、金俊英は懲役1年、Aは懲役6月、執行猶予2年の判決を受けた。


 大寿丸事件 ●昭和37年7月24日山口県警察、警視庁、大阪府警察検挙
 この事件は、山形県下の海岸から密人国した
  北朝鮮工作員 滝川洋一こと 崔 燦寔 (当時44歳)
が、北朝鮮工作員の北朝鮮・日本間の秘密海上輸送ルートを作るため、在日朝鮮人を獲得して活動していたスパイ事件である。
 崔燦寔は、我が国の法政大学で学んだ経歴を持つ人物であるが、昭和35年6月ころに北朝鮮工作員として採用され、北朝鮮で約4ヶ月間のスパイ訓練を受けた後
 o 20トン位の船舶の購入と海上運搬事業の経営
 o 同船舶を使っての北朝鮮・日本間の工作員や物資の輸送
などの任務を帯びて、乱数表、無線機、工作資金等を携行して、昭和35年10月中旬ころ、山形県酒田市付近の海岸から密入国した。
 その後、北朝鮮であらかじめ指示されたとおり、大阪居住の帰化人に成り替わり、東京都内や埼玉県下にアジトを設け、在日朝鮮人を獲得して、船舶購入資金の調達、日本人名義での漁船の購入、船員の雇入れなどを行い、日本漁船の調達に成功し、「人寿丸」として漁船登録許可をとった。崔燦寔は、船員として雇い人れた日本人や在日朝鮮人とともに、昭和36年8月19日、「人寿丸」に乗り込み、下関港から北朝鮮に密出国した。
 北朝鮮で日本での活動状況を報告の後、山形県酒田港を拠点とする日本・北朝鮮間の貿易ルートの設定の任務を指示された崔燦寔は、昭和36年10月、乱数表、工作資金等を携行して、再び「天寿丸」で山形県酒田市付近の海岸から密入国した。崔は、その後実在の日本人に成り済まし東京都内に潜伏してスパイ活動を続けた。
 山口県警察は、昭和36年9月9日、崔燦寔ら関係者を全国的に指名手配し、大阪府警察かつ天寿丸」の船員を逮捕し、昭和37年7月24日、警視庁が崔燦寔を逮捕した。崔燦寔のアジトからは乱数表、暗号用インク等が発見された。崔燦寔は、昭和37年10月19日、山口地方裁判所下関支部において、出人国管理令違反で懲役1年の判決を受けた。


 解放号事件 
  昭和37年9月24日新潟県警察検挙
 この事件は、新潟県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 金 泰煥 (当時40歳)
が、東京都内に潜伏してスパイ活動を行った後、北朝鮮に密出国しようとし、入れ代わりに
  北朝鮮工作員
   金 鳳国 (当時40歳)
   李 承基 (当時31歳)
が我が国に密入国したスパイ事件である。
 金鳳国は、北朝鮮の貿易商社副社長であったが、昭和37年9月ころ、北朝鮮工作員として採用され、スパイ訓練を受けた後
 o 日本の経済情報の収集
 o 北朝鮮貿易を希望する商社の実態訓告
 o 政財界実力者の北朝鮮貿易に対する態度や支配影響力の調査
などの任務を帯びて、昭和37年9月23目、北朝鮮工作船「解放号」で新潟県村上市柏尾海岸から密入国した。「解放号」の船員であった李承基は、金鳳国を伝馬船で密入国させた後に北朝鮮工作船との連絡に失敗して
そのまま密入国した。
 金泰煥は、北朝鮮工作員に採用され、身分偽変、工作員の獲得、警察官に対する防衛点検、秘密缶による連絡方法等についてスパイ訓練を受けた後、昭和36年9月24日、新潟県村上市付近の岩ヶ崎海岸から密入国し、東京都内を転々としてスパイ活動に従事した後、北朝鮮からの帰国指令を受け、金鳳国らと入れ代わって北朝鮮に密出国しようとしていた。
 新潟県警察は、昭和37年9月24日、密入国直後の金鳳国と李承基を逮捕するとともに、密出国に失敗した金楽焼を逮捕した。現場付近からは、金鳳国が北朝鮮から携行した無線機、乱数表、工作資金や北朝鮮の伝馬船が発見された。
 昭和38年6月28日、東京高等裁判所において、金泰煥は、出入国管理令、外国人登録法違反で懲役1年、執行猶予3年、金風国は、出入国管理令、外国為替及び外国貿易管理法、関税法違反で懲役10月、執行猶予3年の判決を受け、李承基は、昭和37年12月26日、新潟地方裁判所において、懲役8月、執行猶予3年の判決を受けた。

解放号事件


 第一次能代事件
   昭和38年4月1日秋田県警察検挙
 この事件は、けん銃、無線機、乱数表、偽造運転免許証、米国紙幣を携行した
  北朝鮮工作員2人 (氏名不詳)
が、我が国に密入国しようとして失敗し、昭和3人年4月1日、秋田県能代市内浜において、水死体で発見されたスパイ事件である。
 昭和38年11月21日、秋田地方検察庁は、出入国管理令違反の2人に対し、被疑者死亡につき不起訴処分とした。


 第二次能代事件 ●昭和38年5月10日秋田県警察検挙
 この事件は、けん銃、乱数表、米国紙幣を携行した
 北朝鮮工作員 (氏名不詳)
が、我が国に密入国しようとして失敗し、昭和38年5月10日、秋田県能代市人関沢において、水死体で発見されたスパイ事件である。
 昭和38年11月21日、秋田地方検察庁は、出入国管理令違反に対し、被疑者死亡につき不起訴処分とした。


 酒田事件
   昭和38年5月21日山形県警察検挙
 この事件は、山形県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 金氷錫こと 馬 今鳳 (当時42歳)
が、北朝鮮から帰国指令を受け獲得した工作員の親族2人とともに山形県下の海岸から密出国しようとした事件である。
 馬今鳳は、昭和13年、渡日して専修大学経済専科に入学した経歴を有し、終戦後、北朝鮮へ引き揚げた。その後、平壌市金策工業大学歴史数師兼教務副部長をしていたが、昭和36年2月、北朝鮮工作員として採用され、約6か月のスパイ訓練を受け、
 o 在日工作員の選定と獲得工作
 o 在日合法身分の確保
などの任務を帯びて、昭和36年8月15日、工作資金、偽造外国人登録証明書、無線機、暗号表等を携行して、酒田市十里塚海岸から密入国した。
 密入国後獲得した工作員数大の住居を転々としながら、日本の財界人、税務署等の幹部と広く交際があり、資力、活動力のある在日朝鮮入を物色し、商事会社社長の在日朝鮮人Aを獲得した。北朝鮮にその結果を報告したところ、「工作船を差し向けるので、獲得した人物の親戚の者2人を同伴の上帰国すること。」との指令を受け、昭和38年5月20日、Aの親戚の者2人とともに、乱数表、本国報告用の朝鮮語録音テープ等を携行して山形県酒田市十里塚海岸から密出国しようとした。
 山形県警察は、昭和38年5月21日、酒田市十里塚海岸で北朝鮮工作船の来航を待っていた馬今鳳らを逮捕した。馬今鳳は、昭和38年12月19日、山形地方裁判所酒田支部において、出入国管理令、外国人登録法違反で懲役1年4月の判決を受けた。



 董グループ事件
   昭和39年5月14日警視庁検挙
 この事件は、新潟県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 柳川昌儀こと 董 吉模 (当時45歳)
が、約2年10ヶ月の間、多数の工作員を獲得し、平壌放送や帰還船を利用して北朝鮮と連絡をとりながら活動していたスパイ事件である。
 董吉模は、昭和16年、日本に渡って約2年後に帰国したが、北朝鮮の協同消費組合書記として勤務していた昭和36年2月、北朝鮮工作員として採用され、約4か月間のスパイ訓練を受けた後、
 o 韓国に潜入してスパイ活動のできる在日韓国人の獲得工作
 o 在日米軍の対韓国援助実態の把握
 o 外国人登録証明書や日本人の住民票の人手
などの任務を指示され、乱数表、工作資金を携行し、昭和36年6月29日、新潟県柏尾海岸から密入国した。
 密入国後、董吉模と同郷の北朝鮮咸鋸南道北青郡出身の土台人(北朝鮮に親族を持つ在日朝鮮・韓国人)の集まりである「北青グループ」のメンバーを工作員として獲得してアジト3か所を設定し、工作員の一人であるタクシー会社専務からは、アジトの提供と月4〜5万円の資金援助を受け、また、北朝鮮への報告は帰還船を利用していた。
 警視庁は、昭和39年5月14日、董吉模を逮捕し、アジトから乱数表、暗号用薬品等のスパイ道具を発見した。董吉模は、昭和39年7月21日、東京地方裁判所において、出入国管理令、外国人登録法違反で禁固1年の判決を受けた。



 三和事件 ●昭和39年7月16日警視庁検挙
 この事件は、神奈川県横浜港から密入国した
  北朝鮮工作員 守谷豊吉こと 李 基芳 (当時57歳)
が、約10年間、東京都内に潜伏して在日朝鮮人十数名を獲得して情報収集を行っていたスパイ事件である。
 李基芳は、昭和28年9月、北朝鮮工作員に採用され、6ヶ月間のスパイ訓練を受けた後、
 o 日米両国の対韓国援助対内
 o 日本の再軍備状況
 o 韓国の軍事基地と装備状況
等の情報を、日韓両国の高官に接触して収集する任務を帯びて、昭和29年2月、香港から英国船に乗り、他人名義の上陸許可証を使って横浜港から密入国した。
 その後、東京都内に潜伏し、所在不明の在日朝鮮人の外国人登録証明書を不正入手して成り替わり、西独P社の日本総代理店「S自動車株式会社」の社長に納まり、在日朝鮮人十数人のスパイ網の責任者として情報収集を行っていた。李基芳は、昭和38年11月には、成り替わった他人名義で帰化申請までしていた。
 警視庁は、昭和39年7月16日、李基芳を逮捕し、乱数表を記載したメモ、暗号解読等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。李基芳は、昭和39年7月31日、東京地方裁判所において、外国人登録法違反で罰金3万円の判決を受けた。



 本庄浜事件 ●昭和39年7月24日 警視庁検挙
 この事件は、京都府下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 大山富国こと 姜 礼黙 (当時40歳)
 が、我が国の防衛に関する情報収集、在日韓国人の獲得工作を行うため、在日合法身分獲得の目的で偽装自首したスパイ事件である。
  姜礼黙は、昭和15年から22年まで来日歴を有し、北朝鮮で中学校校長をしていたが、昭和39年3月、北朝鮮工作員として採用され、4ヶ月余りにわたってスパイ訓練を受け、
 o 韓国内で情報活動のできる在日韓国人の獲得及び韓国送り込み工作
 o 日本の軍事関係情報収集
などの任務を指示され、昭和39年7月21日、京都府本庄浜付近海岸から密入国した。
 姜礼黙は、携行してきた乱数表、無線機、工作資金等を上陸地点付近の山中に埋め、付近の山林で3日間野宿した後、偽装自首して合法的な在留資格を獲得しようとの計画で、昭和39年7月24日、警視庁に出頭し、「自分は韓国から密航してきた。」と偽装自首した。
 警視庁は、真夏にもかかわらず背広を着用し、韓国からの密航者としては不自然な点が認められたことから、同人を逮捕して取調べ、北朝鮮から密入国した工作員であることを見破り、上陸地点付近の山中に埋めてあったスパイ道具を発見した。
姜礼黙は、昭和39年9月28日、東京地方裁判所において、出入国管理令違反で懲役6月の判決を受けた。



 一宮事件 ●昭和39年7月29日 愛知県警察検挙
 この事件は、秋田県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 吉岡一夫こと 朴 秀□
が、愛知県下に潜伏して、自衛隊、防衛関連産業等に関する情報収集を行っていたスパイ事件である。
 朴秀□は、戦前に我が国の中学校に在学歴を有する人物であるが、昭和38年3月、北朝鮮工作員として採用され、スパイ訓練を受けた後、
 o 韓国在往者の工作員としての獲得と対韓国工作
 o 日本の中部地方の軍事、産業、地理等の情報収集などの任務を指示され、昭和38年5月、秋田県ハ森町海岸から密入国した。
 密入国後、東京を経由して愛知県下を転々としながら、
 o 自衛隊関係の施設、装備の調査
 o 防衛関連産業、基幹産業の調査
 o 対韓国工作の準備
 o 密出国地点の調査
などを行い、収集した情報は、暗号化して航空郵便や連絡担当者に
手渡すなどの方法で北朝鮮に報告していた。
 愛知県警察は、昭和39年7月29目、朴秀爽を逮捕し、乱数表、北朝鮮の指令文、自衛隊関係資料、日本海沿岸地図等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。朴秀□は、昭和39年10月27日、名古屋地方裁判所において、出入国管理令、外国人登録法違反で懲役1年の判決を受けた。

一宮事件


 寝屋川事件 ●昭和39年10月31日大阪府警察検挙
 この事件は、兵庫県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 清水勇こと 朴 基華 (当時43歳)
が、大阪府下で活動中の
  北朝鮮工作員 Aらとともに、韓国情報、在日米軍情報等を収集していたスパイ事件である。朴基華は、大阪市において、朝鮮入の父親と日本人の母親の間に出生し、昭和13年に朝鮮に渡り、北朝鮮の道路建設管理局長として勤務していたが、昭和37年、北朝鮮工作員として採用され、スパイ訓練を受けた後、我が国を場とした対韓国工作のため、
 o 大阪で日本人と結婚して日本国籍を取得し、2年以内に渡韓すること
 o 朝鮮半島統一に必要な韓国情報、資料の収集
 o 在日本大韓民国居留民団の情報収集
などの任務を指示され、昭和37年10月16日、兵庫県余部付近の海岸から密入国した。
 朴基華は、密入国後、大阪府下の会社社長を獲得して同社の専務取締役の肩書をて、その後2年間大阪で潜伏し、2度にわたって日本人女性と同棲し、その女性の姓を借りて日本人名を名乗って活動していた。
 一方、Aは、かつて朝鮮半島から密航したと称して大阪大岡管理局に偽装自首し、日本人女性と結婚して特別在留許可を取得した人物であり、会社経営を行いながら在日本大韓民国居留民団に浸透し、韓国在住人物に対する獲得に作を行い、朴基華と街頭や喫茶店等で密会したり、日本海沿岸に旅行する等相互に連絡しながら活動していた。
 大阪府警察は、昭和39年10月31日に朴基華を逮捕し、タイムテーブル、無線機等を押収するとともに、ビ1月11日にAを逮捕し、朴基華を北朝鮮へ密出国させる計画を記載した報告文書を発見、乱数表等とともに押収した。朴基華は、昭和40年11月19日、大阪高等裁判所において、出入国管理令、外国人登録法違反で懲役1年の判決を受け、Aは、昭和40年3月29日、大阪地方裁判所において、外国人登録法違反で懲役4月、執行猶予3年の判決を受けた。



 蒲田事件
   昭和39年12月15日警視庁検挙
 この事件は、石川県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 季世烈こと 全 東岩 (当時35歳)
が、在日朝鮮入を工作員として獲得し、対韓国工作や我が国の軍事情報収集等を行っていたスパイ事件である。
 全東岩は、北朝鮮で教員として勤務していたが、昭和38年、北朝鮮工作員として採用され、3ヶ月間にわたってスパイ訓練を受けた後、
 o 在日米軍基地、自衛隊基地、軍需産業等に関する情報収集
 o 目本の政治、経済に関する情報収集
などの任務を指示され、無線機、工作資金、乱数表等を携行し、昭和38年5月19日、石川県鳳至郡門前町樽見付近海岸の通称こうしり浜から密入国した。金東…有は、密入国後、従兄の在日朝鮮入宅を拠点として、東京都内4か所にアジトを設定し、北朝鮮からの暗号指令通信を受信しながら、
 o 対韓国工作員の獲得工作
 o 日本の政治、経済、軍事関係資料の収集
などを行っていた。
 警視庁は、昭和39年て1月15日、全東岩を逮捕し、無線機、乱数表、暗号用インク等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。分乗岩は、昭和40年2月19日、東京地方裁判所において、出入国管理令、外国人な録法違反、窃盗で懲役一年の判決を受けた。




 神田事件 ●昭和40年3月15日警視庁検挙
 この事件は、京都府下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 石田源作こと 季 龍鉄 (当時44歳)
が、在日韓国人の獲得工作を行っていたスパイ事件である。
 李龍鉄は、昭和9年に渡日して、早稲田実業学校等に在学した経歴のある人物である。李龍鉄は、終戦とともに北朝鮮へ引き揚げ、消費組合の幹部をしていたが、昭和39年4月、北朝鮮工作員として採用され、約3年間のスパイ訓練を受けた後、
 o 日本・韓国の政治、軍事情報の収集
 o 在日韓国人の北朝鮮工作員としての獲得工作
 o 香港を中継基地とする貿易土台の構築と活動資金の調達
などの任務を指示され、無線機、工作資金、乱数表等を携行して、昭和39年8月1日、京都府与謝郡伊根町蒲人付近の海岸から密入国した。
 李龍鉄は、北朝鮮から指示された東京都で喫茶店を経営する在日韓国人を工作員として獲得し、新宿区内のアパートをアジトに、北朝鮮の暗号指令通信を受信しながら、
 o 在日韓国人の獲得工作
 o 活動資金調達のための貿易事業の準備
 o 日本・韓国の軍事情報の収集
などを行っていた。
 昭和39年12月23日、李龍鉄が上陸時に埋没した無線機、乱数表等のスパイ道具の発掘のため山中徘徊中の工作員が、京都府警察により逮捕されたことから、身の危険を感じた李龍鉄は、急きょアジトを埼玉県下に移したが、警視庁は、昭和40年3月15日、李龍鉄を逮捕し、無線機、乱数表等を押収した。李龍鉄は、昭和40年7月14日、東京地方裁判所において、出入国管理令、外国人登録法違反で懲役1年の判決を受けた。




 江戸川事件 
 昭和40年8月2日警視庁検挙
 この事件は、石川県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 平山正雄こと 宋 ?燉 (当時42歳)
が、東京都内に潜伏して韓国の政治、経済、軍事等に関する情報収集を行っていたスパイ事件である。
 宋?燉は、終戦後、米国軍紋下でソウルの無線通信局の通信業務に従事していた。
 宗?燉は、朝鮮戦争の勃発により北朝鮮に入り、北朝鮮の無線通信局で勤務していたが、昭和31年1月、北朝鮮工作員として採用され、8ヶ月間のスパイ訓練を受けた後、
 o 韓国の政治、経済、軍事情報の収集
 o 反米平和統一事業推進
などの任務を帯びて、暗号表、工作資金等を携行して、昭和31年9月上旬、石川県金石港から密入国した。
 宗?燉は、密入国後、在日韓国人名義の外国人登録証明書を不正に人手し、北朝鮮から指示された東京都内居住の在日朝鮮人Aが経営する飲食店の支配人として身分を偽変した。さらに宗?燉は、Aの資金援助を受けるとともに、帰国朝鮮入の残置財産を収奪して塗装会社を経営し、獲得した工作員を韓国に派遣するなどして
 o 在日韓国代表部員の獲得工作
 o 韓国の大学総長の獲得工作
 o 在日韓国人の大学卒業者の韓国教育界への浸透工作
 o 韓国の政治、経済、軍事、食料事情等の情報収集
などを行い、収集した情報を暗号化して国際郵便や無線通信で北朝鮮に報告していた。
 警視庁は、昭和40年8月2日、宗?燉を逮捕し、無線機等を押収した。末位散は、昭和40年10月27日、東京地方裁判所において、外国人登録法違反で懲役1年、執行猶予2年の判決を受けた。

江戸川事件



 長田事件 ●昭和40年8月30日兵庫県警察検挙
 この事件は、京都府下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 山本一郎こと 崔 俊治 (当時55歳)
が、神戸市内に潜伏して、在日米軍の動向等に関する情報収集を行っていたスパイ事件である。
 崔俊治は、戦前に一時渡日し、福岡県下で魚行商に従事したが、終戦後北朝鮮に引き揚げた。その後、農業協同組合の指導員として稼働中の昭和38年2月、北朝鮮工作員として採用され、3ヶ月間スパイ訓練を受けた後、
 o 神戸港、佐世保港を中心とした在日米軍基地の調査
 o 韓国潜入、在韓米軍基地の調査と反米運動の組織化
などの任務を指示され、乱数表、暗号表、工作資金等を携行して、昭和38年7月中旬ころ、京都府丹後町の経ヶ岬から密入国した。
 密入国後、付近山中に暗号文書を埋没し、姪に当たる神戸市内居住の在日朝鮮入宅を拠点に、土工として稼働しながら、
 o 神戸港、佐世保港における米海軍航空母艦、潜水艦の入港確認
 o 造船所等の我が国の基幹産業の調査
 o 自衛隊航空基地の調査
などを行っていた。
 兵庫県警察は、昭和40年8月30日、崔俊治を逮捕した。同人は、昭和40年て1月14日、神戸地方裁判所において、出入国管理令、外国人登録法、外国為替及び外国貿易管理法違反で懲役1年2月の判決を受けた。



 杉並事件
 昭和41年7月12日警視庁検挙
 この事件は、
  北朝鮮工作員 安田誠こと 安 a濬 (当時46歳)
が、北朝鮮工作員 Aの手引きで北朝鮮に密出国し、スパイ訓練を受けて再び密入国した後、十数名の工作員を指揮して在日米軍や日本の政治、経済情報収集等を行っていたスパイ事件である。
 安a濬は、7歳のころ韓国から渡目した在日韓国人であるが、昭和23年12月、島根県隠岐島から北朝鮮に密出国し、北朝鮮工作員として、2ヶ月余りの間スパイ訓練を受けた後、昭和24年5月、ノルウェー貨物船で名古屋港から密入国した。
 安a濬は、その後、北朝鮮工作員としての活動を開始し、工作員獲得対象者の選定、獲得工作を行った後、その報告及び工作資金の調達のため、昭和25年4月28日、Aとともに、同人が調達した漁船「第三旭丸」に乗り込み、北海道函館港から再度北朝鮮に密出国した。5月22日、他の任務を帯びた北朝鮮工作員2人とともに、山形県酒田港から再び密入国した安眠溶は、その後、十数人の工作員を指揮して、
 o 在日米軍情報の収集
 o 我が国の政治、経済情報の収集
 o 工作員の韓国潜入、韓国国内実態の調査
などを行っていた。
 警視庁は、昭和41年6月2日、Aを逮捕するとともに、同人の経営する建設会社事務員である韓国人女性の着衣の中から、北朝鮮からの指令文書を発見し、同女が安a濬の連絡担当工作員として、帰還船を訪船していたことが判明した。さらに、7月12日、安眠溶を逮捕した。安a濬は、昭和41年8月31日、外国人登録法違反については起訴猶予処分となり、昭和42年4月に強制退去となった。Aは、昭和41年11月29日、東京地方裁判所において、外国人登録法違反、公正証書原本不実記載・同行使で懲役10月、執行猶予3年の判決を受けた。



 外務省スパイ事件 ●昭和42年11月23日警視庁検挙
この事件は、朝鮮総聯傘下の在日朝鮮人商工団体連合会政治部副部長をしていた
 北朝鮮工作員 李在元こと 李 載元 (当時37歳)
  外務省東欧課事務官 A
を獲得し、約1年間にわたって外務省保管の極秘・秘密資料を人手していたスパイ事件である。
 李載元は、昭和31年3月、法政大学を卒業後、東京大学農学部研究室に籍を置いた経歴を有する在日韓国人であるが、昭和38年3月、群馬県朝鮮初級学校教員を辞任して在日朝鮮人商工団体連合会に勤務することとなり、昭和41年ころからは、表面上は同連合会に籍を置きながら、朝鮮商工新聞社を拠点に対韓国工作に従事するようになった。
 李載元は、昭和41年9月ころ、法政大学在学中に朝鮮文化研究会活動を通じて知り合ったAが、外務省国際資料調査課に勤務していることを知り、同人から外務省保管の秘密資料を人手することを企てた。半裁元は、旧交をあたためるという口実で酒食を接待してAに接近し、以後継続接触を重ね、外務省保管の秘密資料の提供を受けるようになった。その後、Aは、欧亜局東欧課に配置換えとなったが、載元は、毎月1〜2回酒食の饗応をしたほか、月額2万円平均の現金を謝礼として渡し、多数の極秘・秘密資料を入手していた。
 警視庁は、昭和42年11月16日にAを、11月23日に李載元を、それぞれ逮捕した。Aは、昭和43年8月6日、東京地方裁判所において、国家公務員法違反、横領、業務上横領で懲役1年6月、執行猶予5年の判決を受け、李載元は、昭和44年3月18日、東京高等裁判所において、国家公務員法違反、横領教唆、業務上横領教唆、そう物収受で懲役1年の判決を受けた。




 東大阪事件 ●昭和43年11月18日大阪府警察検挙
 この事件は、大阪港から密入国した
  北朝鮮工作員 山本実こと 韓 春恨 (当時46歳)
が、多数の在日朝鮮入を工作員として獲得し、情報収集や対韓国工作を行っていたスパイ事件である。
 韓春恨は、戦前渡日して広島教員養成所を卒業、終戦直前に帰国して京城師範大学を2年で中退し、朝鮮戦争の際北朝鮮に入国した。同人は、昭和39年8月ころ、北朝鮮工作員として採用され、思想教育や暗号解読方法、無線機の送受信要領等のスパイ訓練を受けた後、
 o 日本の政治、経済、軍事情報の収集
 o 対韓国工作
などの任務を指示され、昭和39年9月下旬、無線機、乱数表、工作資金等を携行して、日本の貿易船に潜んで大阪港から密入国した。
 密入国後、大阪の姉宅や昔の同級生宅を拠点に、多数の在日朝鮮人を工作員として獲得し、約4年間にわたって、
 o 工作資金の調達
 o 日本の政治、経済、軍事情報の収集
 o 韓国での情報収集
などを行っていた。その後、北朝鮮から「東南アジア、西独で北朝鮮工作員と接触せよ。」との指令を受け、温泉で知り令った女性を使って、同女の親戚で同年輩の日本人の戸籍抄本等を人手して日本旅券を不正取得し、大阪国際空港からバンコクに向け密出国しようとしていた。
 大阪府警察は、昭和43年11月18日、出国直前の韓春根を逮捕し、ソ連装無線機部品、暗号文書、秘密報告文等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。韓春根は、昭和44年2月17日、大阪地方裁判所において、出入国管理令、外国人登録法違反、有印私文書偽造・同行使、免状等不実記載・同行使で懲役1年の判決を受けた。




 都島事件 ●昭和43年11月26日大阪府警察検挙
 この事件は、大阪港から入国した
  北朝鮮工作員 京林一郎こと 鄭 基龍 (当時45歳)
が、外国人登録証明書を偽造して他人に成り済まし、在日朝鮮入を工作員として獲得し、情報収集や対韓国工作を行っていたスパイ事件である。
 鄭基龍は、昭和26年4月下旬ころ、大阪港から入国し、身分を偽変するため、工作員として獲得した在日朝鮮人に外国人登録証明書の再交付を受けさせ、同人の外国人登録証明書に自分の写真を貼付して成り済まし、
 o 日本の防衛に関する情報収集
 o 対韓国工作
などを行っていた。
 大阪府警察は、昭和43年11月26日、鄭基龍を逮捕し、乱数表、暗号文書等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。鄭基龍は、昭和44年5月27日、大阪地方裁判所において、外国人登録法違反、公文書偽造で懲役1年2月、執行猶予3年の判決を受けた。




  岩崎・能代事件 ●昭和44年11月13日青森県警察検挙
 この事件は、韓国から密入国して在日中、朝総総聯中央幹部から獲得工作を受けた
  北朝鮮工作員 金井正夫こと 金 邦鎮 (当時26歳)
が、北朝鮮に密出国してスパイ訓練を受け、対韓国工作任務を指示され、青森県下の海岸から密入国したスパイ事件である。
 全部鎮は、昭和41年4月初めころ、職を求めて韓国から密入国し、東京都内を転々としているうちに、朝鮮総聯中央本部指導員から獲得工作を受け、金目成主義等に関する思想教育を受けた後、昭和43年10月中旬、青森県深浦町付近の海岸から北朝鮮へ密出国し、約1年1ヶ月間スパイ訓練を受け、
 o 韓国潜入
 o 韓国内でのスパイ網埋設、ゲリラ活動の準備
などの任務を指示され、昭和44年11月13日、青森県岩崎村付近の海岸から密入国した。
 青森県警察は、昭和44年11月13日、密入国直後の金邦鎮を逮捕し、埋没した無線機、乱数表、工作資金等を押収するとともに、金邦鎮を獲得して北朝鮮へ脱出させた朝鮮総聯中央本部指導員らを犯人蔵匿等で逮捕した。金邦鎮は、昭和45年4月16日、青森地方裁判所において、出入国管理令、外国人登録法違反で懲役1年、執行猶予2年の判決を受けた。

岩崎・能代事件



 八王子事件 ●昭和45年11月16日 警視庁検挙
 この事件は、青森県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 加藤栄浩こと
  高 栄浩 (当時45歳)
が、東京都内に潜伏し、韓国軍部内のスパイ網埋設のために活動していたスパイ事件である。
 高栄浩は、昭和18年、北支派遣単に所属し、終戦後は韓国で飛行学校教官となり、朝鮮戦争に従軍、昭和28年に空軍少佐となった人物であるが、昭和29年9月、韓国空軍機で広島県下に密入国し、翌年、広島県警察に自首して出入国管理奈、外国人登録法違反で懲役8月、執行猶予2年の判決を受け、その後、特別在留許可を得て東京都内に居住していた。その後、朝鮮総聯中央本部組織部長に獲得され、昭和42年10月に万景峰号で北朝鮮に帰国した。
 北朝鮮帰国後、約3年間のスパイ訓練を受け、韓国内でクーデターを引き起こさせ、革命政権を樹立するため、
 o 韓国軍部内のスパイ網埋設
 o 韓国空軍戦闘飛行団長、飛行大隊長、先任将校等の獲得工作
 o 日本の軍事情報収集
 o 日本における対韓国スパイ拠点の埋設
などの任務を指示され、昭和45年10月9日ころ、青森県十二湖海岸付近から密入国した。その後、東京都内に潜伏して、韓国退役高級将校を日本に招いての獲得工作などを行っていた。
 警視庁は、昭和45年11月16日、高栄浩を逮捕し、無線機、暗号乱数メモ等を押収した。高栄浩は、昭和46年3月3日、東京地方裁判所において、出入国管理奈違反で懲役2年、執行猶予3年の判決を受けた。




 石原事件
 昭和46年9月21日大阪府警察検挙
 この事件は、北朝鮮へ密出入国してスパイ訓練を受けた
  北朝鮮工作員 石原順培こと 呉 順培 (当時40歳)
が、大阪市内を拠点に、多数の工作員を獲得して対韓国工作を行っていたスパイ事件である。
 呉順培は、昭和37年5月ころ、韓国から密入国して大阪に居住していたが、昭和43年末に北朝鮮から派遣された工作員から獲得され、北朝鮮への密出国を指示されて準備資金として50万円を受領した。
 呉順培は、昭和45年9月、知人の兄に当たる日本人戸籍を人手して同人に成り替わって旅券を不正取得し、10月に東京国際空港からモスクワ経由で北朝鮮に密出国した。その後、約40日間、暗号技術の講習、乱数表の解読方法、その他政治学習等のスパイ訓練を受け、
 o 日本の軍事情報の収集
 o 工作員の獲得工作
 o 韓国内における北朝鮮スパイ網の埋設などの任務を指示され、乱数表、暗号解読表、工作資金等を携行して、12月11日に東京国際空港から密入国した。
 大阪府警察は、昭和46年9月21日、呉順培を逮捕し、乱数表、暗号解読表、接触用合一言葉を記載したメモ、軍事関係文献等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。呉順培は、昭和47年3月30日、大阪高等裁判所において、出入国管理令、外国人登録法違反、有印私文書偽造・同行使、旅券不実記載・同行使で懲役1年の判決を受けた。




 足立事件 ●昭和46年9月25日警視庁検挙
 この事件は、島根県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 金沢埋草こと 朴 m華 (当時40歳)
が、東京都内を拠点に、多数の在日朝鮮入を工作員として獲得し、元韓国空軍将官の北朝鮮亡命工作、日本及び韓国の軍事情報の収集等を行っていたスパイ事件である朴m華は、昭和12年、韓国から渡日し、旧制中学4年まで在学した経歴を有し、昭和34年から北朝鮮において工作員の政治指導に専念していたが、昭和40年5月、
 o 在日米軍、自衛隊等の軍事情報の収集
 o 韓国の政治、経済、軍事情報の収集
などの任務を指示され、無線機、乱数表、暗号表、工作資金等を携行して我が国に密入国した。東京都内に潜伏し、有力商工人を獲得して、同人と同郷の韓国済州道出身者の集まりを組織網に吸収し、我が国や韓国の軍事情報を収集していた昭和43年5月、帰還指令を受けていったん北朝鮮へ密出国した朴m華は、9月1日に島根県下の海岸から再び密入国し、北朝鮮で新たに指示された本人の妻の実兄の韓国予備役准将に対する北朝鮮への亡命工作の任務を指揮統括するため、
 o 義兄に影響力を有する工作員の獲得工作と義兄の訪日工作
 o 義兄に対する偽装手紙や家族写真の郵送等による呼寄せ工作
を行い、訪日した義兄に対し、「北朝鮮に亡命すれば空軍の参謀長にする。」と持ち掛け、準備資金として50万円を手交していた。
 警視庁は、昭和46年9月25日、訪日した元韓国空軍将官の義兄と密会中の朴m華を逮捕し、無線機、暗号用薬品等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。朴m華は、昭和46年12月2日、東京地方裁判所において、外国人登録法違反で懲役6月、執行猶予2年の判決を受けた。






 温海事件 ●昭和48年8月5日山形県警察検挙
 この事件は、山形県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員
   崔 光成 (当時45歳)
   余 興錫 (当時33歳)
が、在日米軍、自衛隊関係情報収集等を行おうとしていたスパイ事件である。
 崔完成と余興錫は、昭和48年8月3日、乱数表、暗号文書、工作資金、磁石付羅針盤等を携行し、山形県鶴岡市の通称葉山海岸から密入国した。山形県警察は、8月5日、密入国後、落着き場所に移動するために温海町早田海岸付近の国道を歩いていた崔光成と余興錫を逮捕し、現場付近の岩場に隠匿されていたゴムボートを押収した。
 崔光成と余興錫は、「北朝鮮遠洋運搬船『東海一号』の船員で、暴風雨と操船ミスのため沈没し、ゴムボートで日本に漂着したものだLとして北朝鮮工作員であることを否認し、また、北朝鮮赤十字会も、「8月3日、佐渡渉海域で遠洋連絡船が遭難し、3人が行方不明となったので救援を依頼する。」との電報を発し、遭難を偽装しようとした。
 山形地方裁判所鶴岡支部は、
 o 暗号表に「自衛隊」「米軍」「基地」「工作員」など多数のスパイ活動を示す用語があること
 o 当時の気象状況は、暴風雨ではなく、救助信号の受信もなかったこと
 o 遭難したとしても海流からみて漂着する可能性がないこと
などから、両被疑者の主張を退け、崔光成と余興錫は、昭和48年11月2日、山形地方裁判所鶴岡支部において、それぞれ、出入国管理令違反で懲役1年、執行猶予3年の判決を受けた。

温海事件



 水山事件 ●昭和48年12月22日愛知県警察検挙
 この事件は、青森県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 水山義夫こと 金 一東 (当時47歳)
が、在日朝鮮入を工作員として獲得し、日本と韓国の政治、経済、軍事情報の収集、韓国スパイ網と北朝鮮との連絡ルートの設定などを行うとともに、日本人名義の旅券を不正に取得して北朝鮮との連絡のため密出国しようとしていたスパイ事件である。
 金一東は、昭和15年に日本に渡り、大阪工業学校電気科を中退後、兵庫県や東京都などで上工、工員等をした経歴を有する人物であるが、北朝鮮陸海運省収入審査官をしていた析、北朝鮮工作員として採用され、約九か月間のスパイ訓練を受けた後、
 o 日本を場とした韓国スパイ網と北朝鮮との連絡ルートの設定
 o 韓国人留学生の獲得と北朝鮮への送り込み
 o 日本と韓国の政治、経済、軍事情報の収集
などの任務を指示され、昭和44年10月1日、乱数表、暗号表、無線機、工作資金等を携行して、青森県岩崎村付近の海岸から密入国した。金一東は、密入国後、大阪、三重にアジトを設定して、名古屋市内居住の在日朝鮮入Aを工作員として獲得し、Aに他人名義の旅券を取得させた上、東独の北朝鮮大使館員との連絡に当たらせていた。また、自らも、北朝鮮から海外で接触するよう指示を受け、他人名義の日本旅券を不正に取得して密出国しようとしていた。
 愛知県警察は、昭和48年コ1月22日、他人名義旅券で東京国際空港から密出国しようとしていた全一東を逮捕し、乱数表、暗号表、無線機、事梨打内書などのスパイ活動を裏付ける資料を押収した。
 全一東は、昭和49年3月5日、名古屋地方裁利所において、出入国管理令、作目人登録法違反、旅券不実記載・同行使、有印私文書偽造・同行使で懲役1年の判決を受けた。

水山事件




 中川事件 ●昭和49年5月20日 愛知県警察検挙
 この事件は、石川県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員
  佐藤一郎こと  李 日学 (当時45歳)
が、愛知県にアジトを設定し、在日韓国人の獲得工作等を行っていたスパイ事件である。李日学は、北朝鮮農業協同組合員として勤務していた析、昭和48年4月、北朝鮮工作員として採用され、約3ヶ月間のスパイ訓練を受けた後、
 o 在日韓国人の獲得工作
 o 北朝鮮工作員の育成
 o 対韓国工作
などの任務を指示され、乱数表、暗号表、工作資金等を携行して、昭和48年7月10日ころ、石川県能登李島狭山岬付近の海岸から密入国した。李日学は、密入国後、北朝鮮から指示された愛知県下居住の在日韓国人に対し、北朝鮮から持参した同人の親族からの手紙、写真を示して、協力を強要してアジトを設定した。また、北朝鮮から指示された兵庫、大阪居住の在日韓国人の獲得工作を行っていた。
 愛知県警察は、昭和49年5月20日、李日学を逮捕し、暗号指令受信録音テープ、工作用の手紙、工作資金等を押収した。李日学は、昭和49年8月5日、名古屋地方裁判所において、出入国管理令、外国人登録法違反で懲役10月の判決を受けた。



  北総事件 ●昭和49年6月26日警視庁検挙
 この事件は、昭和27年に「民団幹部宅焼打事件」の首謀者として逮捕され、収監直前に逃亡した
  北朝鮮工作員 A
が、北朝鮮工作員として採用され、他人名義の日本旅券を不正に取得して北朝鮮へ密出国してスパイ訓練を受け、在日米軍や自衛隊の情報収集、韓国スパイ網の埋設を行っていたスパイ事件である。
 Aは、在日朝鮮民主民族戦線支部書記長であった昭和27年8月当時、「民団幹部宅焼打事件」の首謀者として逮捕され、第一審で懲役5年の判決を受けていたが、上告棄却判決直前の昭和32年10月、保釈中に逃亡した。逃亡中、Mと変名し、土工をしながら都内を転々として潜伏した後、千葉県下で上水請負葉「(有)M上水」を設立するに至り、会社役員等には一切名前を出さずに10年の時効により刑を免れるところとなった。
 Aは、土木請負業を利用して軍事基地建設とこれに関連する人物に接近できる有利な条件を備えていたことから、昭和44年2月ころ、対韓国工作に従事していた北朝鮮工作員に獲得され、暗号指令受信方法等のスパイ訓練を受けた。
 その後、スパイ拠点として[北総建設(有)」を設立し、
 o 在日米軍基地、自衛隊情報の収集
 o 従弟が韓国陸軍幹部である帰化韓国人の獲得工作
などを行うとともに、昭和48年1月、他人名義の日本旅券を不正取得して北朝鮮に密出国した。北朝鮮でスパイ訓練を受けた後、対韓国工作の新任務を指示され、同旅券で韓国に密入国し、韓国内の親族に対するスパイ網埋設工作を行うなど活発に活動していた。
 警視庁は、昭和49年6月26日、Aを逮捕し、乱数表、暗号録音テープ等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。Aは、昭和51年4月5日、東京地方裁判所において、出入国管理令、外国人登録法、旅券法違反、旅券不実記載・同行使で懲役1年6月、執行猶予3年の判決を受けた。



 切浜事件 ●昭和49年9月19日兵庫県警察検挙
 この事件は、
  北朝鮮工作員 A
が、北朝鮮に密出国してスパイ訓練を受けていったん密入国した後、
  北朝鮮工作員 咸 国上(当時28歳)
の案内で再び兵庫県下の海岸から北朝鮮に密出国しようとしていたスパイ事件である。
 Aは、日本で生まれ、長崎県下の高校を卒業した在日韓国人であるが、埼玉県下の自動車整備技術学校に入校中の昭和45年7月ころ、北朝鮮から派遣された工作員Bに獲得され、昭和47年4月、Bとともに秋田県下の海岸から北朝鮮に密出国し、約2年間にわたり、革命理論、暗号解読要領等スパイ訓練を受け、韓国から来日する船員、技術修習生、密入国者等の獲得工作などの任務を指示され、昭和49年5月、兵庫県下の海岸から密入国した。Aは、北朝鮮からの暗号指令を受けて、活動していたが、昭和49年9月19日、帰還指令を受けて兵庫県切浜海岸から密出国しようとしていた。
 一方、咸国上は、
 o 北朝鮮工作員の日本送り込み
 o 獲得された工作員の目本から北朝鮮への密出国
の案内を任務とし、昭和49年9月19日、Aを北朝鮮に密出国させるため、船外教付ゴムボートで兵庫県切浜海岸から密入国した。

 兵庫県警察は、昭和49年9月19日、兵庫県切浜海岸において、密入国直後咸国土と密出国しようとしていたAを逮捕し、乱数表、暗号表等を押収した。
 Aは、昭和51年2月16日、神戸地方裁判所において、出入国管現今違反で懲役1年2月の判決を受け、咸国上は、昭和50年6月19日、神戸地方裁判所において、出入国管理今違反で懲役1年、執行猶予3年の判決を受けた。



 鶴見寺尾事件 ●昭和50年4月5日神奈川県警察検挙
 この事件は、鳥取県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 八幡伊八こと 金 鶴萬 (当時51歳)
が、工作員2人を獲得し、韓国政府、軍の高官工作、日本の政治、外交に関する情報収集、日本で活動中の北朝鮮工作員の監督等を行っていたスパイ事件である。
 金鶴萬は、昭和49年2月ころ、
 o 韓国スパイ網の育成強化と連絡ルートの設定
 o 韓国政府、軍の高官工作
 o 日本及び韓国の政治、経済、外交、軍事に関する情報収集
 o 日本で活動中の北朝鮮工作員の指導監督
などの任務を帯びて、鳥取県下の海岸から密入国した。
 密入国後、北朝鮮から指示された横浜市居住の在日朝鮮入を工作員として獲得してアジトを設定するとともに、帰化在日朝鮮人の会社社長に対し、北朝鮮から持ってきた同人の母親の呼び掛けを吹き込んだ録音テープを聞かせ、工作員として獲得した。金的萬は、これら2人の工作員を使って、
 o 在日韓国系商工人の調査
 o 韓国政府高官との接触工作
 o 工作資金獲得のための海外事業
などを行っていた。
 神奈川県警察は、昭和50年4月5日、金鶴萬を逮捕し、乱数暗号受信メモ、暗号用薬品、高性能ラジオ等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。金鶴萬は、昭和51年6月24日、横浜地方裁判所において、出入国管理令、外国人登録法違反で禁錮8月の判決を受けた。

鶴見寺尾事件



 濁川事件 ●昭和50年7月12日青森県警察検挙
 この事件は、京都府下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 山本光仲こと 李 敏哲 (当時54歳)
が、千葉県下に潜伏し、我が国の政治、経済、軍事関係の情報収集、在日在韓米軍基地の情報収集、在日韓国人の獲得工作等の活動を行った後、北朝鮮からの帰還指令を受けて青森県下の海岸から密出国しようとしたスパイ事件である。
 手敏哲は、北朝鮮で中学校副校長をしていた昭和43年12月ころ、北朝鮮工作員として採用され、約2年間にわたって、思想教育、スパイ活動要領、暗号組立解読要領等のスパイ訓練を受け、
 o 韓国の公務員、将校、知識人、実業家と関係のある在日韓国人の獲得工作
 o 日本及び韓国の軍事情報の収集
などの任務を指示され、昭和45年11月、無線機、暗号文書、工作資金等を携行して京都府経ケ岬海岸から密入国した。
 密入国後、千葉県下居住の在日韓国人をビ作員として穫得し、同人に対し、政治思想敦育、平壌放送の学習、モールス信号等のスパイ訓練を行い、数回にわたり渡韓させ、在韓の親族、知人に対する獲得工作を行わせていた。その後、北朝鮮から帰還指令を受けた手放哲は、昭和50年7月12日、青森県濁川河口付近の海岸から北朝鮮に密出国しようとしていた。
 青森県警察は、同海岸で北朝鮮工作船を待っていた手放哲を逮捕し、偽造外国人登録証明書、暗号無線受信テープ、北朝鮮宛暗号電報等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。手放哲は、昭和50年11月13日、青森地方裁判所において、出入国管理令、外国人登録法違反、有印公文書偽造で懲役2年、執行猶予3年の判決を受けた。



 布施事件 ●昭和51年6月16日大阪府警察検挙
 この事件は、島根県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 川島啓介こと 趙 昌朝 (当時52歳)
が、大阪府下に潜伏し、在日韓目入の獲得、自衛隊等に関する情報収集等を行っていたスパイ事件である。
 趙昌朝は、北朝鮮物理化学会上級研究員として勤務していた昭和46年7月ころ、北朝鮮工作員として採用され、約2ヶ月間、思想教育、暗号無線受信要領等のスパィ訓練を受け、
 o 在日韓国人の獲得工作
 o 未組織民団系人物の獲得工作
 o 日本及び韓国の政治、経済、軍事等の情報収集
などの任務を指示され、昭和46年9月下旬、乱数表、暗号表、工作資金等を携行して島根県美保関海岸から密入国した。
 趙昌朝は、密入国後、大阪府居住の在日韓国人Aに、北朝鮮にいる妹の手紙を突き付けて工作員として獲得し、同人が経常する会社の仕込工員として就労しながらスパィ活動を行っていたが、北朝鮮からの帰還指令を受け、昭和48年7月下旬、美保関海岸から密出国した。北朝鮮において、活動状況の報告を行うとともに、スパィとして再訓練を受け、昭和49年8月下旬に同海岸から再び密入国し、Aを北朝鮮工作員として育成するためのスパイ訓練を行っていた。
 大阪府警察は、昭和51年6月16日、北朝鮮からの帰還指令を受けて密出目準備中の趙昌朝を逮捕し、乱数表、暗号表、暗号無線受信メモ等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。趙昌朝は、昭和52年2月10日、大阪高等裁判所において、出入国管理令、外国人登録法違反で懲役6月の判決を受けた。




 豊島事件 ●昭和52年4月6日警視庁検挙
 この事件は、京都府下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 藤森正夫こと 申 栄萬 (当時52歳)
が、在日朝鮮・韓国人を工作員として獲得し、目本及び韓国の軍事情報収集等を行っていたスパイ事件である。
 申栄萬は、昭和15年から18年までの問、在日歴を有する人物であるが、北朝鮮の高等農業学校校長の職にあった昭和44年6月、北朝鮮工作員として採用され、2年10ヶ月にわたり、政治教育、日本・韓国の情勢、暗号通信受信要領、暗号解読要領のスパイ訓練を受け、
 o 韓国の軍事、政治、経済、科学技術関係の情報収集
 o 日本の自衛隊、軍需工場に関する情報収集
などの任務を指示され、昭和47年4月26日、乱数表、暗号表、暗号用薬品、無線機、工作資金等を携行して京都府与謝郡伊根町の海岸から密入国した。
 申栄萬は、密入国後、北朝鮮から指示された栃木県下居住の在日韓国人Aを工作員として獲得し、同人宅に住みついた後、朝鮮総聯中央本部幹部を通じて他人名義の外国人登録証明書を不正入手し、これに自分の写真を貼付して偽造し、同人に成り替わって活動していた。その後、申栄萬は、Aの親族、知人である韓国海軍要人を獲得対象に選定して韓国の軍事情報の収集を計画し、北朝鮮に報告したところ、北朝鮮からAを北朝鮮に派遣するために、まず東独へ渡航させるよう指示を受けたが、Aからこれを拒否され、中栄萬の計画は暗礁に乗り上げた。
 このような状況の中で、北朝鮮から帰還指令を受けた申栄萬は、金日収個人崇拝の下に耐乏生活を強いられている北朝鮮への疑問、我が国に密入国後経験した白山と民主主義の尊さを痛感し、昭和万11年4月6日、警視庁に自首した。警視庁は、申栄萬を逮捕し、乱数表、暗号表、無線機等スパイ活動を裏付ける資料を押収した。申栄萬は、昭和東京高等裁判所において、懲役1年6月、執行猶予3年の判決を受けた。

豊島事件




 宇出津事件 ●昭和52年9月20日石川県警察検挙
 この事件は、在日米軍基地情報の収集と対韓国に作に従事していた
  北朝鮮工作員 A
が、北朝鮮から指示を受け、石川県下の海岸から、日本人男性を北朝鮮へら致したスパイ事件である。
 Aは、福岡県下で出生し、中央大学を卒業後、東京都内で建設会社と金融会社を経営する在日朝鮮人であるが、建設会社社長であった昭和48年8月ころ、北朝鮮から派遣された工作員から、北朝鮮にいる妹の身の安全を条件に獲得された。その後、同工作員から、金目成主義等の思想数育、暗号解読要領等のスパイ訓練を受けるとともに、乱数表、暗号衣等を受領し、
 o 対韓国工作員となる適任者の選定
 o 在日米軍情報の収集
などの任務を指示されて活動していた。
 昭和52年8月、新たに北朝鮮から派遣された北朝鮮E作員から、「能力は問わない。45〜50歳位の日本人独身男性を北朝鮮に送り込め。」との指令を受け、かつて金銭的に面倒をみたことがある
 東京都内居住 ガードマン 久米 裕さん(当時52歳)
をだまして戸籍謄本を入手した上で、昭和52年9月19日、久米裕さんを石川県能登半島宇出津付近の海岸まで連れ出し、北朝鮮工作船で迎えに来た北朝鮮工作員に引き渡した。
 石川県警は、昭和52年9月20日、Aを逮捕し、乱数表、暗号表等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。



 水橋事件 ●昭和55年2月20日 埼玉県警察検挙  この事件は、対韓国工作のための工作員獲得など、我が国を拠点とした対勧告工作活動を行っていた。
 北朝鮮工作員 佐藤信一こと 朴 一 (当時55歳)
に獲得された
 北朝鮮工作員 A
が、北朝鮮に密出入国し、スパイ訓練を受けた後、工作員獲得対象者の調査等を行っていたスパイ事件である。
朴一は、昭和12年に渡日した在日朝鮮人で、戦後、朝鮮総聯の活動を行っていたが、その後喫茶店を経営しながら対韓国工作に従事し、
 o 対韓国工作のための工作員の獲得育成
 o 工作用物件の調達
 o 日本海沿岸の調査
などを行っていた。
 一方、Aは日本で生まれた在日韓国人で、東京農工大学在学中の昭和49年11月ころ、朴一から金日成思想教育等を受けて獲得され、スパイ訓練のために北朝鮮への脱出指示を受け、昭和54年4月24日、富山県水橋海岸から北朝鮮へ密出国し、約2ヶ月間にわたって、革命理論、暗号指示受信要領、暗号解読要領等のスパイ訓練を受け、
 o 工作員獲得対象者の調査
 o 日本海沿岸調査
 o 工作資金調達のための学習塾開設準備
などを行っていた。
 埼玉県警札は、昭和55年2月20日、Aを逮捕し、暗号表、暗号通信受信録音テープ等を押収するとともに、3月3日、朴一を逮捕し、暗号指令受信メモ等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。Aは、11月4日、浦和地方裁判所において、出入国管理令違反で懲役4月、執行猶予2年の判決を受け、朴一は、昭和56年4月28日、同裁判所において、出入国管理令違反で懲役1年、執行猶予3年の判決を受けた。




磯の松島事件 ●昭和55年6月12日兵庫県警察検挙
 この事件は、
  北朝鮮工作員 A
が、スパイ訓練のための北朝鮮への脱出を指示され、日本海沿岸の調査と工作員対象者の脱出案内を任務として活動していた
  北朝鮮工作員 B
の案内で、兵庫県下の海岸から北朝鮮に密出国しようとしたスパイ事件である。
 Aは、兵庫県で出生、北朝鮮工作員に獲得され、約2年間にわたって、南北統一問題、韓国政府批判、全日成思想、朝鮮語等の学習を受けた後、北朝鮮でスパイ訓練を受けるため、昭和55年6月ゴ1日、Bの案内で、兵庫県下の磯の松島海岸から北朝鮮に密出国しようとした。
 一方、Bは、広島県下で生まれた在日朝鮮入であるが、和光大学経済学部に在学中に北朝鮮工作員に獲得され、全日成思想、暗号通信要領等のスパイ訓練を受け、北朝鮮からの暗号通信を受信しながら、
 o 日本海沿岸の潜入・脱出地点の調査
 o 工作員対象者の脱出案内
などを行っていた。
 兵庫県警察は、昭和55年6月12日、磯の松島海岸で北朝鮮工作船を待っていたAとBを逮捕し、モールス符号メモ、日本海沿岸のパノラマ写真等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。AとBは、昭和56年1月29日、神戸地方裁判所において、出入国管理令、外国人登録法違反でそれぞれ懲役6月、執行猶予3年の判決を受けた。



 日向事件 ●昭和56年6月24日宮崎県警察検挙
 この事件は、宮崎県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 斉藤幸雄こと 黄 成国 (当時62歳)
が、北朝鮮から携行した偽造外国人登録証明書を使用して在日朝鮮入に成り済まし、東京都内に潜伏し、元朝鮮籍の帰化入である
  北朝鮮工作員 A
らを指導監督しつつ、在日韓国人等の獲得及び韓国送り込み、自衛隊や日本の対朝鮮政策に関する情報収集などを行っていたスパイ事件である。
 黄成国は、昭和18年 徴用工として渡日し、広島県呉造船所で2年間稼働の後に帰国し、昭和29年に北朝鮮工作員として採用され、約3年間のスパイ訓練を受けた後、北朝鮮の指定する在日朝鮮入の北朝鮮送り込み工作を指示され、昭和35年9月、京都府下の経ヶ岬から密入国した。
 その後、北朝鮮に密出国し、北朝鮮工作員に対する訓練を担当し、日本の情勢についての教育等を行っていたが、昭和55年3月、再度スパイ訓練を受け、
 o 韓国で指導的立場に立てる在日韓国人や韓国留学生の獲得
 o 獲得した在日韓国人や韓国留学生の韓国潜入工作
 o 北朝鮮工作員の指導監督
などの任務を指示され、昭和55年6月、乱数表、暗号表、偽造外国人登録証明書、工作資金等を携行して宮崎県日向市の小貪ヶ浜海岸から密入国した。
 密入国後、黄成国は、Aと連絡をとり、東京都内の在日韓国人宅にアジトを設定し、会社を経営する大阪居住在日韓国人Bを獲得して、会社を韓国に進出させる準備を進め、Bを頻繁に渡韓させていた。その後、Bが韓国でスパイ容疑で逮捕されたことから、身の危険を感じ、北朝鮮からの帰還指令を受けて、昭和56年6月、宮崎県日向市の小倉ヶ浜海岸から北朝鮮に密出国しようとした。
 一方、Aは、昭和45年ころ、黄成国の前任の北朝鮮から派遣された工作員に獲得され、北朝鮮の暗号無線を受信しながら、映画監督としての立場を利用して、
 o 韓国知識人への接近
 o 日本自衛隊情報の収集
 o モスクワ、マカオで北朝鮮工作員から工作資金受領
などの任務に従事し、黄成国許人後は、その指導監督の下で活動していた。
 宮崎県警察は、昭和56年6月24日、折からの台風のため北朝鮮工作船と合流できないまま、宮崎県日向市の通称金ヶ浜海岸を徘徊中の黄成国を逮捕し、脱出しようとしていた海岸の松林から、暗号メモ、脱出地点の地図、偽造外国人登録証明書等を発見するとともに、7月10日、Aを逮捕し、暗号表、暗号指令受信録音テープ等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。黄成国は、11月30日、宮崎地方裁判所延岡支部において、出入国管理令、外国人登録法違反、有印公文書偽造で懲役1年6月の判決を受け、
Aは、9月30日、同裁判所において、出入国管理令違反で懲役4月、執行猶予2年の判決を受けた。

日向事件


  六郷事件 ●昭和56年7月23日警視庁検挙
 この事件は、山口県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 千葉仙吉こと 高 徳煥 (当時59歳)
が、東京都内に潜伏し、在日朝鮮入を工作員として獲得し、日本におけるスパイ活動のためのアジトの設定、生活の足がかりを固めるなどの活動を行っていたスパイ事件である。
 高徳煥は、昭和19年、徴用工として渡日し、終戦後北朝鮮へ帰国したが、昭和55年8月ころ、北朝鮮工作員として採用され、約3ヶ月間のスパイ訓練を受けた後、
 o 日本でのスパイ活動のための生活の足がかりを固めること
 o 山谷の労務者に対する接近工作
などの任務を指示され、昭和55年11月15日、偽造外国人登録証明書、日本製の着衣及び携帯品、工作資金等を携行して、山□県長門市只の浜海岸から密入国した。
 その後、北朝鮮から指示された東京都内居住の在日朝鮮人を工作員として獲得してアジトを設定し、土工として働きながら、日本語の修得、日本の情勢の把握に努めつつ、在日韓国人等を工作してスパイ網を作り上げ、日本の政治、経済、防衛に関する情報を人手し、本国に報告するため準備活動を行っていた。

 警視庁は、昭和56年7月23目、高徳煥を逮捕し、工作資金等を押収した。高徳煥は、10月29目、東京地方裁判所において、出人目管理令、外国人登録法違反で懲役1年6月、執行猶予4年の判決を受けた。



  男鹿脇本事件 ●昭和56年8月5日秋田県警察検挙
 この事件は、
  北朝鮮工作員 A
が北朝鮮に密出入国してスパイ訓練を受け、対韓国工作のための準備、在日朝鮮人に対する金目成思想の浸透などの任務を指示された後、秋田県下の海岸から密入国したスパイ事件である。
 Aは、和歌山県で出生した在日韓国人で、工学院大学卒業後、東京都内で団体職員として勤務していた昭和56年1月、北朝鮮工作員として採用され、その後約半年間にわたって、南北朝鮮の実情、韓国の現体制の矛盾と批判、南北統一の重要性、全日成主義について学習指導を受けた後、スパイ訓練を受けるための北朝鮮への脱出指示を受けた。
 Aは、昭和56年7月5日、秋田県男鹿市の脇本海岸から北朝鮮に密出国し、一か月間のスパイ訓練を受けた後、
 o 対韓国工作のための準備
 o 在日朝鮮人に対する全日成思想の浸透工作
などの任務を指示され、昭和56年8月5日、工作資金等を携行して、秋田県男鹿市のゴムボート操縦の工作員の服装救命胴衣たすきがけの状態黒色ウエットスーツ様のもの(ダイバースーツ)無線機様のもの懐中電灯様のものズック靴様のもの脇本海岸から密入国した。
 秋田県警察は、昭和56年8月5日、脇本海岸で密入国直後のAと潜入案内の北朝鮮工作員2人を発見し、Aを逮捕したが、工作員2人はゴムボートで逃走した。Aは、10月16日、秋田地方裁判所において、出入国管理会違反で懲役10月、執行猶予2年の判決を受けた。

男鹿脇本事件


  西新井事件 ●昭和60年3月1日警視庁検挙
 この事件は、秋田県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 小住健蔵こと 朴 某 (当時40〜50歳位)
が、約15年の長期にわたって日本人に成り替わり、対韓国工作のための工作員の獲得、育成及び韓国への送り込み、在韓在日スパイ網の埋設、極東におけるスパイ拠点の運営、
日本の防衛力等に関する情報収集を行うとともに、
  北朝鮮工作員 A
を使って、工作員獲得対象者の選定、資金調達等を行わせていたスパイ事件である。
 朴某は、昭和45年夏ころ、秋田県の男鹿半島から密入国し、東京都内のゴム製造会社に日本人名を名乗って就職した。
 その後、
  小熊和也さん (当時46歳)
  小住健蔵さん (当時51歳)
の2人の実在する日本人に成り替わり、両人名義の日本旅券等を不正に取得し、極東地域担当幹部として、フランス、ソ連、タイ、香港、韓国等に延べ9回にわたって海外に渡航し、
 o 北朝鮮及びその海外拠点との連絡、運営
 o 在日韓国人の獲得工作及び韓国送り込み
 o 在日スパイ網埋設
 o 日本の防衛力、極東外交等の情報収集
 o 米軍基地に関する情報収集
などを行っていた。
 朴某は、小熊和也さんに成り替わった後、偽装した身分の発覚を警戒して、Aに小熊和也さんの北朝鮮ら致を指示していたが、小熊和也さんが病死したため失敗し、昭和51年にいったん帰国した。朴某は、昭和54年に再び密入国して今度は小住健蔵さんに成り替わって活動していたが、昭和58年2月4日に出国後、所在不明となっている。
 一方、Aは、朴某に工作員として獲得され、スパイ訓練を受けるための北朝鮮への密出国指示を受け、昭和49年5月23日、石川県能登半島の羽根海岸から北朝鮮に密出国し、約6ヶ月間にわたって、全日成思想、暗号組立・解読要領等のスパイ訓練を受け、
 o 朴某の身分の隠匿工作
 o 資金調達
 o 工作員獲得対象者の選定
などの任務を指示された後、昭和49年11月25日、再び羽根海岸から密入国した。
以後、朴某の指示の下に北朝鮮工作員として活動していた。
 警視庁は、昭和60年3月1日、Aを逮捕し、乱数表、暗号表、暗号用薬品、暗号指令受信録音テープ等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。Aは、昭和60年7月4日、東京地方裁判所において、外国人登録法違反で懲役1年、執行猶予4年の判決を受けた。

西新井事件



 横須賀事件 ●昭和63年5月25日神奈川県警察検挙
 この事件は、ヨーロッパで北朝鮮工作員と接触をもった
  日本人女性 A
が、工作を受けて、その工作員の指示に基づき各種調査活動を行い、多額の報酬を得ていたスパイ事件である。
 Aは、ヨーロッパに旅行中に北朝鮮工作員と接触し、日本をはじめ東南アジア、ヨーロッパで調査活動に従事するよう指示を受けた。
 特に、日本については、指定された場所の写真撮影、自衛隊員についての人定メモの作成、日本海沿岸付近の地図の人手等を行っていた。
 押収した資料の分析等を通じて、写真撮影の際にはマニアを装い自然に振る舞うこと、誰かに監視されていないか常に注意すること、任務に関するメモは必ず納かく破って捨てるか燃やすなどの納かい指示を受けていたことが明らかとなった。
 なお、同事件を契機に、Aと同様にヨーロッパにおいて北朝鮮工作員と接触していた日本人女性5人が判明し、外務省は、Aを含む6人に対し旅券返納命令を下した。神奈川県警察は、昭和63年5月25日、有印私文書偽造・同行使罪でAを逮捕し、同年6月15日、横浜簡易裁判所において、公正証書原杢不実記載・同行使罪で罰金5万円の略式命令処分が下った。



  渋谷事件 ●昭和63年6月29日警視庁検挙
 この事件は、
  北朝鮮工作員 A
が対韓国工作のために工作対象者の獲得及び北朝鮮への送り込み工作等を行っていたスパイ事件である。
 Aは、日本で朝鮮貿易業に従事していたが、昭和47年頃、北帰した長男の安全と貿易の拡大を条件に北朝鮮工作員から獲得された。同年10月には、京都府下の海岸から北朝鮮に密出国しようとして失敗したが、その後、数年にわたり祖国訪問団の言貝として北朝鮮への入国を繰り返し、思想教育、暗号解読要領等のスパイ訓練を受けた。
 Aは、日本人や在日韓国人を工作員として訓練させるために北朝鮮へ送り込むことを任務としており、昭和54年には日本人一名を北朝鮮へ送り込むなどの活動に従事した。
 警視庁は、昭和63年6月29日、Aを外国人登録法違反(虚偽申請)で逮捕し、自宅から乱数表、暗号表等のスパイ活動を裏付ける資料を押収した。



  美浜事件 ●平成2年10月28日発生福井県警察
平成2年10月28日早朝、福井県美浜町松原海岸に北朝鮮特殊工作船(子船)が漂着しているのが発見されたのに続き、11月2日及び11日、同漂着現場付近から、同船に乗船していたと認められる北朝鮮工作員の水死体2体が発見された。
 船内及び付近海岸からは、乱数表、換字表、電鍵等が発見され、北朝鮮が日本に対する諜報謀略活動を企て、特殊工作船を使って不法に入国したところ、折からの悪天候のために航行を誤り、美浜町桧原海岸の難岸堤に激突難破したものとみられる。
 福井県警察は、平成3年5月23日、死亡した北朝鮮工作員2名(氏名不詳)を出入国管理及び難民認定法違反(不法入国)で書類送検した。

美浜事件



  新宿百人町事件 ●平成12年11月21日警視庁、神奈川県警察検挙
 この事件は、
  北朝鮮工作員 A
  北朝鮮工作員 B
らが、北朝鮮においてスパイ訓練を受けた後、韓国及び日本に対する諸工作を敢行するため、韓国人や在日韓国人に対する獲得工作及び財政工作等を行っていたスパイ事件である。
 Aは、在日朝鮮人で朝鮮総聯の活動を行っていたが、昭和54年頃に北朝鮮工作員として採用され、北朝鮮においてスパイ訓練を受けた後、韓国の軍・政財界関係者や在日韓国人を獲得するなどの工作活動に従事していた。さらに、平成9年頃から5年間で多額の工作資金を集める財政工作を自ら計画し一部実行するとともに、宗教活動名下で、Bらとともに非転向長期囚の北朝鮮への即時送還に向けた活動を行っていた。
 Bは、朝鮮総聯の関連企業での勤務歴を有する日本人であるが、北朝鮮工作員として採用され、北朝鮮から指示を受けて、在韓地下党組織である「韓国民族民主戦線」の機関紙「救国戦線」の普及工作等を計画し、一部実行に移していた。また、マスコミや宗数団体の名判こ肩書を用い、マスコミ関係者をはじめ各分野の著名人に接近し、目内での情報収集に従事するとともに、宗教活動名下で、平成11年11月に訪韓し、非転向長期囚の北朝鮮への即時送還に向けた活動を行っていた。 警視庁は、平成12年11月21日、Aを詐欺で、Bを電磁的公正証書原本不実記録等で検挙した。Aは、平成13年3月14日、東京地方裁判所において、詐欺で懲役1年4月の判決を受け(控訴中)、Bは、平成13年2月16日、東京地方裁判所において、公正証書原本不実記載及び同行使で懲役1年6月、執行猶予4年の判決を受けた。


* 参 考


参考 新光丸事件 ●昭和32年12月28日海上保安庁検挙
 この事件は、横浜港から密入国した
  北朝鮮工作員 松田 博こと 全 基永 (当時30歳)
が、在日スパイ網の無線通信担当工作員として活動していたスパイ事件である。
 全基永は、昭和28年9月ころ、北朝鮮から香港を経出して横浜港に密入国し、既に我が国に潜入して活動中の北朝鮮工作員の通信技師として活動し、同スパイ組織が収集した我が国の政治、経済、防衛等に関する情報を、暗号を使って北朝鮮に無線連絡をしていた。
 全基永は、昭和32年て2月28日、北朝鮮からの帰国命令を受け、無線機、暗号文書を携行し、京都府伊根港から、北朝鮮工作船「新党丸」で密出国しようとしたところを逮捕され、2日前に「新党丸」により5人の北朝鮮工作員が密入国したことが判明した。全基永は、昭和33年3月て11日、京都地方裁判所舞鶴支部において、出入国管理令、外国人登録法、電波法違反で懲役1年の判決を受けた。



参考 伏木国分事件 ●昭和56年3月31日 富山県警察検挙
 この事件は、
  北朝鮮工作員 姜 正彦こと 某 (当時50歳位)
が、富山県下の海岸から密入国した事件である。
 自称姜正彦は、昭和56年3月30日ころ、偽造外国人登録証明書、工作資金を携行して富山県国分港付近の海岸から密入国し、3月31日、富山県高岡駅前のホテルで北朝鮮に対する忠誠を叫びながら飛降り自殺を図った。
 富山県警察は、同人が精巧な偽造外国人登録証明書を所持していたことから、昭和57年2月27日、偽造有印公文書行使被疑事件として書類送致し、3月17日被疑者死亡につき不起訴処分となった。



参考 宮崎沖不審船逃走事案 ●昭和60年4月25日発生
 この事案は、北朝鮮工作船とみられる不審船舶が、昭和60年4月25日から4月27日までの2昼夜、約38時間30分にわたって、宮崎県沖合から東シナ海まで約1000キロにわたって逃走した事案である。
 昭和60年4月25日、午前10時40分ころ、宮崎県水産課の密漁監視船が、日南市鵜戸崎沖約20キロの海上を北へ航行中の19トンクラスの白い漁船を発見し、接近したところ、22〜30ノットの高速で逃走した。その不審船の船首には「第三一幸栄丸」と表示されていたことから調査した結果、日本漁船を偽装した不審船舶であることが判明した。
 そこでヘリコプター及び巡視船を動員して包囲体制をとったが、午後9時35分、青島海岸方面に向かったのを確認の後、船影を見失った。
 翌26日、午前3時45分ころ、種子島沖を30〜40ノットの高速航行中の不審船を再発見し、以後、航空機、巡視船を動員し、4月27日、午前1時10分までの間、約1000キロ追跡したが、鹿児島県屋久島の西北西約610キロの東シナ海上で見失った。

宮崎沖不審船逃走事案



参考 辛光洙事件 ●昭和60年6月28日韓国発表
 この事件は、石川県下の海岸から密入国した
  北朝鮮工作員 辛 光沫 (当時55歳)
が、工作員として獲得した
  北朝鮮工作員 A
らを利用して、日本人コックの
  原 敕晁さん (当時43歳)
を北朝鮮にら致し、その後同人に成り替わって、同人名義の日本旅券等を不正に取得して、工作員の獲得、育成及び韓国への送り込み、在韓・在日スパイ網及び東南アジア工作拠点の埋設等を行い、さらに、工作員として獲得した者を使い、韓国の軍事力などに関する情報収集を行わせていたスパイ事件である。
 辛光洙は、戦前に静岡県下に住んでいたが、終戦と同時に北朝鮮へ帰国し、昭和36年、北朝鮮工作員として採用された。昭和48年7月、石川県猿山灯台付近の海岸から密入国し、大阪、東京を拠点に、北朝鮮に居住している親族の安全を材料に脅かすなどして在日朝鮮人を獲得し、アジト提供、資金調達等を強要していた。
 昭和51年、いったん北朝鮮へ密出国した辛光洙は、北朝鮮において、日本人をら致して成り替わって活動するよう指令を受け、昭和55年4月、宮崎県日向市の海岸から密入国した後、同年6月、Aらとともに、大阪で中華料理店のコックをしていた独身日本人男性、原敕晁さんを言莱巧みに誘い出し、宮崎県青島海岸から北朝鮮工作船で北朝鮮にら致した。その後、昭和55年11月、再度密入国した辛光洙は、原敕晁さんに成り替わって日本旅券を不正に取得し、3回にわたって海外渡航し、
 o 東南アジアエ作拠点の埋設
 o 対韓国工作
などの活動を行っていた。
 一方、Aは、辛光洙からスパイ訓練のための北朝鮮への密出国を指示され、昭和53年に福井県大島半島付近の海岸から北朝鮮に密出国し、スパイ訓練を受けるなかで、「45〜50歳の独身日本人男性と20代の未婚日本人女性を北朝鮮へ送り込むこと。」を指示された。Aは、日本に密入国した後、辛党泳らとともに原敕晁さんを北朝鮮にら致したほか、十数回にわたり韓国に出入国を繰り返し、
 o 米軍及び韓国軍の状況
 o 金海空港施設、軍、警察の警備状況
などの情報収集を行っていた。
 北朝鮮は、辛光泳が韓国において検挙された際、労働党機関紙に「容疑者は、我々や総聯とは何の関係もない人々である」旨の論評を掲載したにもかかわらず、平成12年9月、同年6月の南北共同宣言に基づき同人が北朝鮮に送還されると、不屈の統一愛国闘士として「祖国統一賞」を授与した。




参考 大韓航空機爆破事件・李恩恵北朝鮮ら致容疑事案 ●昭和62年11月29日発生
 この事件は、
  北朝鮮特殊工作員
   蜂谷真一こと 金 勝一 (当時70歳)
   蜂谷真由美こと 金 賢姫 (当時26歳)
が、日本からら致された「李恩恵」と呼ばれる日本女性から、北朝鮮のスパイ養成所において日本人化訓練を受けた後、北朝鮮の指令により、偽造日本旅券を使って日本人に成り済まし、ソウルオリンピック妨害工作の一環として、
犬韓航空機を爆破した事件である。
 金勝一と金賢姫は、朝鮮労働党中央委員会調査部所属の特殊工作員であり、昭和62年10月、金目成否記から、「1988年ソウルオリンピック参加申請妨害のために大韓航空機を爆破しろごとの指令を受けて平壌を出発し、途中、ウィーンからは北朝鮮で偽造したとみられる日本旅券を使用し、ベオグラードで時限爆弾等を受け取った後、バクダッドにおいて時限爆弾をセットし、バクダッド発アブダビ経由ソウル行き大韓航空機858使の棚に置いた。昭和62年11月29日、同機は、アンダマン海域上空で、仕掛けられた時限爆弾の爆発により墜落した。
 両人の所持していた日本旅券は、北朝鮮において偽造されたものと判断された。金勝一の所持していたもののモデルとなった真正日本旅券を所持している人物は、北朝鮮スパイ事件「西新井事件」の関与者である
  北朝鮮工作員 A
から勧められて旅券を取得していた。また、金賢姫の所持していたものは、北朝鮮において、旅券用写真を撮影し、合計姫が受け取って署名したときには、既に日本出国とバンコク人出国のスタンプが押されていた。
 金賢姫は、昭和55年2月、工作員に採用された後、昭和56年から5人年の間、平壌郊外のスパイ養成所において、日本人女性工作員とともに寝食し、日本語と日本の風習、生活様式等日本人を偽装するための訓練を受けた。金賢姫に日本人化の教育を行った女性は、「李恩恵」と呼ばれる昭和32年生まれの日本人女性で、昭和53年から54年ころに日本から北朝鮮へら致されたと認められる。
 昭和52年から55年にかけては、
 o 韓国で検挙された北朝鮮スパイ事件「辛先洙事件」の北朝鮮工作員Aは、昭和53年に、北朝鮮において「40〜50歳の独身日本人男性と20代の未婚日本人女性を北朝鮮にら致する」よう指示を受けていた
 o 北朝鮮スパイ事件「宇出津事件」では、昭和52年に、当時52歳の独身日本人男性が北朝鮮にら致された
 o 韓国で検挙された北朝鮮スパイ事件「辛光洙事件」では、昭和55年に、当時43歳の独身日本人男性が北朝鮮にら致された
 o 昭和53年の夏には、福井、新潟、鹿児島の三県の沿岸部において、北朝鮮工作員によりら致されたとみられる原因不明の「アベック行方不明事案」が、富山県の沿岸部で北朝鮮工作員によるら致未連事件とみられる「アベック監禁致傷事件」が連続発生したなどの一連の北朝鮮上作員によるとみられるら致容疑事案が発生している。

大韓航空機爆破事件



参考 能登半島沖における不客船事案 ●平成11年3月23日発生
 この事案は、2隻の北朝鮮上作船が能登半島沖の我が国領海内に侵入し、海上保安庁及び海上自衛隊による停船命令及び警告射撃等を無視して北朝鮮に逃走した事案である。
 平成11年3月23日早朝、海上自衛隊のPC3は、新潟県佐渡島西方の領海内と石川県能登半島沖の領海内で不審な船舶をそれぞれ発見した。これらの船舶は、漁船タイプであるにもかかわらず、船上に漁具が備え付けられておらず多数のアンテナが装備されていた。これに対し、海上保安庁及び海上警備行動の発令を受けた海上自衛隊は、停船命令、警告射撃等を行ったが、これを無視して2隻の不審船は高速で逃走した。これらの不審船は、既に漁船名簿から抹消された日本漁船名や別の海域で操業中の日本漁船名を使用するなど、巧妙に日本漁船に偽装したものであり、逃走後北朝鮮北部港湾に到達したとされ、このような状況の総合的な分析から、北朝鮮の工作船であったと判断された。



参考 民族民主革命党スパイ事件 ●平成11年9月9日韓国発表
 韓国では、平成11年5月及び8月に、インターネットを利用し、韓国内の政治、経済、社会、軍事動向等を北朝鮮に提供していた韓国人が検挙された。このうち、8月の事案では、朝鮮労働党「対外連絡部」に所属する工作員が、中国系マレーシア入に身分を偽変して妻と共に口本から韓国に入国し、韓国人を抱き込み、韓国内の情報をインターネットカフェを利用して北朝鮮に送らせ続けていたことが韓国当局の捜査により判明した。
 また、同工作員は、平成10年12月、北朝鮮に帰還するため半潜水艇に乗船したが、その船が、韓国南岸で韓国軍に発見され、韓国軍の砲撃を受けて沈没したとされている。



参考 黒部事案 ●平成13年3月29日
 平成13年3月29日、富山県黒部市の黒部川河口で、平成11年に福井県で発生した美浜事件において発見された北朝鮮工作員が密入国するために使用するとみられる水中スクーター様の物体と極めて類似した物体が発見された。


黒部事案